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●徳川家重(9代目)
1)征夷大将軍としての在任期間
15年 (延享2(1745)11.2 ー 宝暦10(1760)5.13)
2)没年
宝暦11.6.12 (50歳)
3)父:徳川吉宗、母:深徳院
家重は生来虚弱の上、脳性麻痺とも推測されている障害により言語が不明瞭であったため、幼少から大奥に籠もりがちで酒色にふけって健康を害した。このため、文武に長けた次弟の田安宗武と比べて将軍の継嗣として不適格と見られることも多く、父・吉宗や幕閣をさんざんに悩ましたが、結局、長子相続ということで、延享2年11月2日(1745年11月24日)に将軍職を譲られた。しかし宝暦元年(1751年)までは、吉宗が大御所として実権を握り続けた。家重への将軍職継承はその実子・家治が非常に聡明であった事も背景にあった。
家重は幕府中興の祖とされる父の吉宗と比較され、暗君とみられることが多いのは、彼が脳性麻痺と推測され、言語、歩行に支障があり、手も不自由であったからだと思われる。しかし、知能は全く正常であった。家重時代に有力な老中も見当たらず、また、引退した吉宗は、家斉のような大御所政治を行っていないことから、将軍親政を行える力量の持ち主と見るむきもある。
一般の知名度は低かったが、1995年のNHK大河ドラマ『八代将軍吉宗』における中村梅雀の怪演で一躍その名を知られる事になった。また、『志村けんのバカ殿様』のバカ殿のモデルとも言われている。
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