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●徳川家綱(4代目)
1)征夷大将軍としての在任期間
29年 (慶安4(1651)8.18 ー 延宝8(1680)5.8)
2)没年
延宝8.5.8 (39歳)
3)父:徳川家光、母:宝樹院
将軍家を継承したときわずか数え11歳に過ぎなかったため、家光死去の直後に浪人の騒擾未遂事件(慶安事件)が起こるなど政情不安に見舞われたが、叔父保科正之や家光時代からの大老酒井忠勝、老中松平信綱、阿部忠秋らの補佐によりこの危難を乗り越え、29年間の安定政権をみた。家綱の時代には幕府機構の整備がさらに進められ、殉死禁止令が出されるなど、これまでの武力に頼った武断政治から、文治政治への政策切り替えが行われた。
政務を全て重臣任せにして、自らは「左様せい」で決裁していたことから、「左様せい様」という異名が付けられた。
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