|
●徳川家康(初代)
1)征夷大将軍としての在任期間
2年 (慶長8(1603)2.12 ー 慶長10(1605)4.16)
2)没年
元和2.4.17 (74歳)
3)父:松平広忠、母:於大の方
徳川
家康は、日本の戦国大名・江戸幕府の初代征夷大将軍。
通称は次郎三郎。幼名は竹千代。死の直前、武将として史上4人目の太政大臣に叙せられている。徳川王朝の開祖であることから、太祖、祖宗とも呼ばれる。
江戸幕府の開府に始まる江戸時代は264年に渡って続き、日本に長き太平の世をもたらした。家康はその始祖として称えられ、今も日光東照宮をはじめ全国に「日本の神」東照大権現として祀られている。
江戸時代に家康は「神君家康公」と呼ばれ、彼を評価対象とした評論を公式に発表すれば処罰の対象となったため、必然的に明治時代以降の評価となっている。
家康に対しては、さまざまな評価があります。作家山岡荘八がその長編小説で
描いたような「名君説」、司馬遼太郎が描いた「奸君説」、武光誠が描いた「凡君説」、いずれにしても、小説や映画などを通してしか一般的には知るよしもないので何ともいえませんが、客観的な事実を積み上げていくと、少なくとも平凡な武将ではなかっただろう事は確かです。
「講釈師見てきたような嘘をいい」ではありませんが、タイムカプセルでその時代に行かない限りは、現在に残っている史実から、そのこころを類推するしか手立てはありません。
|